山梨県甲斐市竜王地域に伝わる昔話「おん らん ばん」。
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「竜の王」だっていうんだから、ただの竜じゃない。
口は耳まで裂け、目は飛び出さんばかりに丸く光っていたそうだ。
そいつが夜な夜な出てきては、このあたりの村々で悪さをして、
ほっつき回っていたそうだ。
釜無川と御勅使川(みだいがわ)のぶつかる高岩が
おそろしく深い淵になっていて、そこに竜王が住んでいるから、
みんなはそこを「竜王譚(りゅうおうたん)」と呼んで近寄らなかった。
その頃、東郡の竜華院(りゅうげいん)の和尚・真翁宗見(しんのうそうけん)
という方の徳が高いことが知られていたので、
竜王の悪さに困り果てていた村の衆が
「なんとか竜王の悪さを鎮めてもらいたい」とお願いしたそうだ。
和尚さんは承諾し、人も恐れて寄り付かない竜王譚へやってきた。
高岩から覗いてみると、
畳百畳もあろうかと思われる広い淵の中から、
竜王がじーっと天をにらんでいた。
今にも和尚さんに喰らいつかんと、
大きな口を開こうと身構えていたそうだ。
そこで和尚さんはすかさず懐のお守りの護符を石に包んで、
竜王の口めがけて投げ込んでやったそうだ。
竜王は護符を飲み込むと、とたんに身を翻して、
水底深くに身を沈めてしまった。
和尚さんは静かにお経を唱え、
その夜は竜王譚の東の寺にお泊りになった。
夜が更けて、和尚さんの夢の中に見慣れぬ人が現れた。
「誰か」とたずねると、
「おれは今まで竜王譚に住んで悪さばかりしていた竜王です。
昨日和尚さんに護符飲まされてやっと正気になった。
こんなうれしいことはない。
何か和尚さんにお礼がしたいんだが・・・」
と、澄んだ瞳で話した。
和尚さんはこれを見て安心して、
「それでは、この辺りはきれいな飲み水がないそうだから、
なんとかしてほしいが・・・」
と言ったところで目が覚めた。
目が覚めると、なぜか畳が濡れていた。
和尚さんは不思議に思って、濡れた所をたどってみると、
夢の中の者がついていた杖が立っており、
杖の根元からきれいな水が湧き出ているではないか。
この水は竜の王がくれた水だから
「竜王水(りゅうおうすい)」と呼んでいる。
それは今でも慈照寺の庭にあり、ちゃんと水が湧いているそうだ。
竜王の口に投げ入れた護符には
梵字で「おん らん ばん」と書いてあったそうだ。
悪さした罪を焼き尽くして、
世の中のものをきれいな水で育てるって意味のお守りだったそうだ。
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『読みがたり 山梨のむかし話』(山梨国語教育研究会 編)を参照して
標準語訳しました。
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